ポール・リシャールの詩「日本の児等に」


第十章で紹介したように、大東亜戦争でわが国は、大東亜共栄圏建設の理想を掲げ、アジア諸国の独立に力を尽くした。
わが国がそうしたアジアの解放≠フ理念に目覚めたきっかけは何だったのか。
その要因はさまざま考えられるが、その一つに、フランス人、ポール・リシャールの存在が挙げられる。

1874年、南フランスの牧師の家に生まれた彼は、自身も神学を学び神学博士となったが、法学も学んで弁護士となり、さらに詩人としても名を知られていた。
彼は、正義の名のもとにアジアやアフリカを侵略し、略奪と暴虐の限りを尽くす欧米列強の有様に失望し、祖国を離れアジアに向かった。そして一九一六(大正五)年、彼は日本を訪れた。当初は数ヶ月間の滞在予定であったが、日本を知れば知るほどその魅力に惹かれ、結局、約四年もの間、日本に滞在した。その間、大川周明はじめ数多くの日本の思想家との親交を深めている。

そして彼は、日本にアジア解放の希望を託し、一九一七(大正六)年、大川周明の訳による『告日本国』(日本国に告ぐ)と題する著書をし、日本の担うべき世界史的使命を力強く訴えた。これが日本人の心をとらえ、アジアの盟主としての使命に目覚めることとなったのである。
その著書の最後に、日本の若者へ向けて『日本の(=児)に』と題する詩を残しているので、ここに紹介したい。



日本の兒等に


(あけぼの)の兒等よ 海原の兒等よ
花と(ほのお)との国 力と美との国の兒等よ

聴け (はて)しなき海の諸々の波が
日出づる諸子の島々を(たた)ふる栄誉の歌を

諸子の国に七つの栄誉あり
故にまた七つの大業あり
さらば聴け 其の七つの栄誉と七つの使命とを



独り自由を失はざりし亜細亜の唯一の民よ
貴国こそ自由を亜細亜に(あた)ふべきものなれ



(かつ)て他国に隷属せざりし世界の唯一の民よ
一切の世の隷属の民のためにつは貴国の任なり



曾て滅びざりし唯一の民よ
一切の人類幸福の敵を滅ぼすは貴国の使命なり



新しき科学と(ふる)き知恵と欧羅巴(ヨーロッパ)の思想と亜細亜の思想とを
自己の(うち)に統一せる唯一の民よ
此等二つの世界 来るべき世の此等(これら)両部を統一するは貴国の任なり



流血の跡なき宗教を()てる唯一の民よ
一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは貴国なる()



建国以来 一系の天皇
永遠にる一人の天皇を奉戴せる唯一の民よ
貴国は地上のに向って
人はな一天の子にして
天を永遠の君主とする一個の帝国を建設すべきことを教えんが為に生れたり



萬国にりて統一ある民よ
貴国はるべき一切の統一に貢献せん為に生れ
また貴国は戦士なれば
人類の平和を促さんが為に生れたり

曙の兒等よ 海原の兒等よ
くの如きは
花と焔との国なる貴国の七つの栄誉と七つの大業となり


(ポール・リシャール『告日本国』五十一頁〜五十六頁)

われわれ日本人は、もっと自らの生まれ育った祖国日本に、自信と誇りをもっていいのではなかろうか。

目次 HOME