大東亜聖戦祭挙行にあたり
(平成23年)
大東亜聖戦大碑護持会会長、元航空幕僚長
田母神俊雄
大東亜戦争は世界史的に見て、人種平等の世界を作るための戦いであった。
白人国家は15世紀ぐらいから有色人種国家の植民地化を推進し、大東亜戦争が始まる前の時点でアジアの独立国は日本とタイだけであった。タイはイギリスとフランスの植民地の緩衝地帯として意図的に残されていた面があり、自力で独立を維持していたのは我が国のみであった。
植民地になったアジア諸国の人たちは、どんな生活状態に置かれていたのかといえば、多くの場合、牛馬同然の悲惨な状態に置かれていたのだ。
そして20世紀前半は、15世紀ぐらいから始まった白人国家の全世界植民地化計画が完成する寸前だったのである。
しかし最後の最後になって我が国が白人国家の植民地政策を食い止めるべく立ち上がったのである。しかし残念ながら我が国は戦争に敗れ、一時アメリカの占領統治、すなわち植民地支配を受けることになった。
しかしそれでも戦争開始当初の半年ぐらいの間は、我が国は次から次と白人国家であるアメリカ、イギリス、オランダなどを打ち破っていったのである。これをアジア諸国の人たちが目の前で見ていた。そして「俺達もやれば出来る」ということで、白人国家に対し次から次と独立の戦いを挑むことになった。遂に白人国家も有色人種国家の犯行を無視できなくなって、人種平等の世界が出現したというのが世界史の大きな流れである。
これはアメリカやヨーロッパの歴史学者が等しく認めているところである。またアジア諸国の当時の指導者たちが等しく認めているところである。またアジア諸国の当時の指導者たちも、日本が果たした世界史的功績をたたえる言葉を残しているのである。
タイの元首相ククリット・プラモード氏は次のような言葉を残している。
『日本のおかげでアジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産をして母体を損なったが、生れた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。12月8日は、我々にこのこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。』
我々日本国民の今日の自由で豊かな生活があるのは、あの大東亜戦争を戦って国家のために命を投げ出してくれた靖国神社や全国の護国神社に眠る英霊の皆さんのおかげである。
今年も英霊の皆様に心から感謝の誠を捧げたいと思う。